私たちの身体は非常に繊細で、手首に触れる脈拍ひとつだけでも、体内の気血の状態や臓腑の健康を映し出してくれます。『東医宝鑑』では脈を単に鼓動する心臓ではなく、私たちの身体の数万の物語を宿す小さな鏡と捉えていました。この小さな脈動のひとつひとつに耳を澄ませることこそが、健康の始まりとなります。
現代の「高脂血症」という用語は『東医宝鑑』の時代にはありませんでしたが、先祖たちは血液が濁って粘り気を帯び、循環が滞った状態を様々な脈象や症状によって繊細に描写していました。特に『外形篇』の「脈」の章では、血液と気運の流れがスムーズでない時に脈がどのように変化するかを詳しく説明しています。「血の問題で生じた病は脈が渋って流れが円滑ではない」と記された一節は、単なる出血や外傷を超え、体内に老廃物が蓄積して血液がドロドロに濁った状態を意味していました。これは「湿痰」が固まって血管を塞ぐ状態と非常によく結びつけて考えることができます。
澄んだ渓流が汚れて濁り、苔が生えるのと同じように、私たちの体内の血液も乱れた生活習慣や食習慣によって濁り、粘り気のある老廃物、すなわち「湿痰」が蓄積してしまいます。このような湿痰が血液の流れを妨げると、脈は滑らかでスムーズに流れず、まるで砂浜を歩くように渋くざらついたように感じられると述べられています。これは血管壁に老廃物が溜まって血液の通り道を狭くする、現代の高脂血症や動脈硬化症の初期段階を予見した知恵深い洞察といえるのではないでしょうか。
『東医宝鑑』では、このような「湿痰」が生じる最大の原因の一つとして「脾胃」の機能低下を挙げています。脾胃は私たちが摂取した飲食物を消化吸収して必要な栄養素を作り、不要な老廃物は排出するという非常に重要な役割を担っています。しかし脾胃が弱くなると、飲食物が適切に消化されずに体内に留まって「湿痰」へと変化し、この湿痰が最終的に血液を濁らせ、血管を塞ぐ「油汚れ」のように作用してしまうのです。このように濁った血液は全身の隅々まで栄養分と酸素を適切に運ぶことができず、最終的には心臓や脳をはじめとする主要な臓器に負担をかけ、多様な疾患を引き起こすと考えられました。『東医宝鑑』は脈を通じてこのような体内の微細な変化を察知し、その原因を探って治療することに重点を置いていました。単に目に見える症状だけでなく、体内の深部から始まった不均衡を整える先祖の知恵が込められているのです。